炭焼きの娘(一部抜粋)

妙見越《めうけんごえ》を過ぎると頂上で、杉の大木が密生して居る。そこにも羊齒《しだ》や笹の疎らな間にほつほつと胡蝶花《しやが》の花がさいて居る。一層しをらしく見える。清澄寺の山門まで來ると山稼ぎの女が樅板を負うたのや炭俵を負うたのが五六人で休んで居る。孰《いづ》れも恐ろしい相形《さうぎやう》である。山稼ぎの女はいくらあるか知れぬがお秋さん程のものは甞て似たものさへも見ないのである。彼等とならんだお秋さんは恰《あたか》も羊齒の中の胡蝶花の花である。寺の見收めといふ積りで山門をのぞいて見たら石垣の上の一畝《うね》の茶の木を白衣の所化《しよけ》が二人で摘んで居る所であつた。山門の前には茶店が相接して居る。自分は一足さきに出拔けて振り返つて見たらお秋さんは背負子を負うた儘婆さん達に取り卷かれて話をして居る。たまたま谷底から出て來ると互に珍らしいのだ。

出典『炭焼きの娘』長塚節 (「青空文庫」より)

炭焼きを見に来た主人公は、娘お秋と出会う。清澄を舞台に、炭焼きの暮らし、山の自然が生き生きと描かれる。良かったら読んでみて下さい。青空文庫ですぐお読み頂けます。
長塚 節 (ながつかたかし)[1879-1915]
歌人、小説家。茨城県常総市の豪農の家に生まれ、3歳のときに小倉百人一首をそらんじ、神童といわれていました。21歳になると正岡子規の門下に入り、短歌誌の『馬酔木』(あしび)や『アララギ』に多数の短歌を発表します。そして30代前半には、朝日新聞に小説「土」を連載。当時の農村の様子を写実的に描いた作品は、夏目漱石に絶賛され、日本の農民文学を確立したといわれています。
36年という短い生涯ながら、その精神は現在でも受け継がれています。生まれ故郷の常総市では、短編小説・短歌・俳句の三部門について、長塚節文学賞を設けて毎年表彰しています。